2017
08.11

ラッセンのように有名な画家になれば、多くの批評家がコメントを寄せます。

果たしてその1つ1つに意義があるのでしょうか。

考えてみましょう。

☆公正無私な立場ではない批評家の存在。

アートや文学作品を批評することで生計を立てている専門家のことを、批評家・評論家と呼びます。

依頼され評論することでクライアントからの収入を得ています。

この場合のクライアントとは、画家なら画商であったり、絵を売る百貨店だったりします。

作家(文学作品)などは、出版社が大半です。

問題は、評論家はクライアントからお金をもらっているので、必ずしも公正無私な立場ではないということです。

☆批評家・評論家なりの存在価値はある。

たとえばラッセンの個展を開こうとする主催者が評論家に依頼したとして、その評論家は「ラッセンの絵は良くないから来場には値しない」と、こき下ろすでしょうか。

しかし批評家の存在は公平であること以外に、「このような見方・意見もある」といった、自分とは違った論点から評してくれるという一面もあります。

またこれまで知られなかったラッセンの一面を世の中に知らしめてくれることもあります。

総合的に論じてくれるので、全体像として捉えやすくもなります。

☆ラッセンを酷評する批評家もいれば、好意的に評価する専門家もいます。

自分とは違った意見として参考にしましょう。

欧米では批評家にどう評されるかで、その画家や作家、映画などの先行きが決まってしまうほどの影響力があります。

ラッセンもそのような試練を乗り越えてきたでしょう。

参考にもしたはずです。

必ずしも存在価値がないとは言い切れません。

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